「あ……、…ない?」



俺の一番のお気に入り。ファンタのグレープ味。

家から一番近い自動販売機。

今日は日差しが強い所為か、炭酸飲料をはじめ、多くの飲料水が売り切れていた。

別にどうしても飲みたかった、って訳でもないし。

ほんの少し我慢して他の飲料水を買ってしまえばそれで済んだ事。

でも…特に帰ってやりたい事とかなかったし、散歩しながらこの先のコンビニまで行こうだなんて。

この時の俺は少し変わっていたのかもしれない。










>> ANGEL'S HOLIDAY










「…あっつ…」



今日の午前中は、この日差しの中テニスをやっていたわけだけど。

やっぱりただ歩いているだけだと、余計に暑さを感じた。

夏バテになるほど体力がないわけではないが、こうも暑いと小腹すら減らなかった。

少しでも涼しい道を通ろう。

そう思い、公道から公園を突っ切る道を選んだ時、公園内に見知った人物がいるのに気が付いた。

逆光でよく見えないが、どうやらきらきらと光に反射している髪は、栗色と蜂蜜色を混ぜたような色。

カメラを持って構える姿は少し楽しげに見えて、こちらには全く気付いていない様子だった。



「不二先輩?」



思わず、その名前を呟いた。はっきりと顔が見えた訳ではないが、不思議と確信があった。

カメラを構えていたその人は、呟いた声が聞こえたようで。

不思議そうにこちらを向いて…そして普段以上に優しい笑顔を、ふんわりと浮かべた。



「越前君?奇遇だねぇ、君の家はこの近くなの?」

「ッス…、この先の住宅街なんスよ」

「そうなんだ。公園で何するの?」

「え…」



あくまで、公園は近道+涼しさを求めて来ただけであって、ただの通過地点でしかない。

しかし自分の次の言葉に、少なからずにこにこと期待顔の先輩を見れば、そうも言えなくなった。



「…俺は、公園まで散歩に」

「そっか、この公園って緑が多くて落ち着けるからね」



先輩が『僕達って、結構好み合うのかもね?』と言っているのを聞いて、満更でもない気がした。

味覚とか、発言とか…この人は少し常人と飛び抜けている所があると思ったから、こういう共通点が酷く嬉しく感じたのかもしれない。



「先輩は、何を撮ってたんスか?」

「あぁ、これ?…何て事はないんだけどね。ただ、この公園の風景を残しておきたくて…」

「………?」

「もしかして、聞いてないのかな?この公園、マンション建設のために取り壊すらしいんだよ」



訳が分からない、といった顔をした所為か。先輩はそう教えてくれた。

本当に初耳だった。いや、もしかしたら母さん辺りが言っていたかもしれないが、興味がないと思って聞き流していたのかも。

どちらにせよ、折角出来た共通点が奪われてしまうのだ。…嫌な気分になった。



「…寂しいよね。人は何か造る時、必ず何かを奪うしかないから…」



初めて、見た。先輩が悲しい表情しているのを。

普段はとても温厚で、何があっても表情を崩したりしない先輩が。…こんなに儚い表情をするなんて。



「…不二先輩。まだ取り壊しまで期限ありますよ」



そんな先輩の顔を見ていられなくって、俺はブランコに乗った。ギシギシと鳴る鎖。

…何年ぶりだろう。ブランコに乗ったのは。



「撮って下さいよ。モデルが俺で…嫌じゃなかったら」



自分で言って少し恥かしくなった。ただ一緒にカメラを持ってきて撮るだけでも良かったのに。

何故か俺は、数ヶ月後には消えてしまうこの風景と一緒に、先輩に記憶してもらいたかった。

そうすれば…この風景が無くなっても、俺という存在が無を有に変えられるんじゃないかって…思った。



「…ふふ、随分ギャラの高そうなモデルさんだね?喜んで撮らせてもらうよ」



先輩がふわっと笑顔を浮かべたのを見て、ドキッとした。

色素の薄い瞳は、俺の考えを全て理解しているように見えて…とても優しく、俺の姿を映していた。



「越前君、少し漕いでみてくれる?」

「…ブレないの?それ、デジカメじゃないでしょ?」

「ふふ…僕の腕を信じてよ」



それもそうか、と思った。この時代にデジカメを使ってないのだから、多少なりと腕に自信があるのだろう。

斜め前でカメラを構える先輩を蹴らない程度に、控えめに漕いだ。



カシャッ  カシャッ



何度かシャッターを切る音がする。その音が耳に心地良い。

俺は暫く、目を瞑ってその音を聞いていた。



「越前君って…なんだか天使みたいだよね」

「…は?」



前方から聞こえてきた声に、思わず間抜けな声を発してしまった。

閉じていた目を開き、胡散臭げに先輩を見つめた。



「何で俺が天使なんすか…」

「ん…すごく可愛いし、他人の心配事とかを、一瞬で消してしまうじゃない?…君は無意識でやってるのかもしれないけど」

「…俺なんかより、先輩のが天使みたいッスよ」

「僕?」



先輩はきょとん、とした表情で小首を傾げた。その仕草が上品で、やっぱり育ちが良いのかな…なんて思った。



「不二先輩、いっつも優しい顔してるじゃないッスか。…あの笑顔に癒される人間、いますよ」

「へぇ…。英二には『お前の笑い方は怖い!』って言われるんだけど…そっか、越前君は癒されてるんだ?」



にこにこと爆弾発言した先輩に、俺は焦って首を振った。



「ちょ、何で俺って事になってるんスか?!そういう人間がいるって意味で…」

「でも、越前君がそう思うって事は、君もそう感じてるって事だよね」



ふんわりと微笑む先輩に、俺は顔が赤くなるのを感じた。…顔が上げられない。



「ふふ…でも、やっぱり天使は越前君だよ。僕は魔王だ、ってよく英二に言われるから」

「それだったら俺も、小悪魔だ、って桃先輩に言われますケド?」



魔王と子悪魔。お互いに想像して、噴出してしまった。

天使と思い合っているのは、お互いだけという事か。



「越前君が小悪魔なら、僕はやっぱり魔王の方がいいかな…」

「え…?何でッスか?」

「だって、魔王が天使に恋するのは許されないでしょう?」



そう言って俺の額に軽く口付けた【魔王】に、何も言えなくなってしまって。俺は紅くなった顔を隠すように俯いた。

先輩はそんなのお見通しだよ、と言わんばかりに俺の頭を優しく撫でている。

今度は、熱い。暑さはもうないけど、今度は身体の中が熱くなった。



「…ねぇ、不二先輩」

「ん?なぁに?」

「コンビニまで付き合ってくれたら、返事聞かせてあげるよ…」



もう返事なんて決まってるし、先輩だって感じ取ってるはず。だけど素直じゃない口は、そう簡単に言葉にしてくれない。

先輩はやっぱり綺麗な笑顔を見せて、俺の手を取った。



「うん、有難う。どこへでも付き合うよ」



まだ返事をしてないのに、すでに上機嫌な先輩を見て。

俺はずっとこの人に惹かれて、絆されていくんだろうなぁ…なんて、流れる景色の中思った。












とうとう始めました、お題!自分でやらないのはどうかなーと思いまして。

やっぱり不二リョ…っていうか不二とリョーマの絡みが好きらしい綺月海斗です。

最近は鬼畜な感じが多かったので…たまにはこんなほのぼの不二リョもいいかなぁ、と。

不二はベタベタするよりも、精神的な繋がりを大事にするタイプでいて欲しいです☆(願望)